最近、推し活という言葉が一般的になってきました。自分が好きで応援しているアイドルやキャラクター(=推し)を応援する活動ですが、推しの範囲は幅広く、自分が応援したいものならなんでもオッケーです。昔からあるオタ活がライトでポップな感じになった印象です。
推し活の良さは、日々の生活に潤いをもたらしてくれることだと思います。推しがいることによって元気がもらえたり、癒されたり、仕事をする上でのモチベーションになったりもするでしょう。
推し活は日々の活力。人生のオアシス。推しは正義。宇宙の真理。(個人の感想です)
一昔前はアニメや漫画やゲームが好き、というと「オタク」「マニア」とちょっと一線を引かれる感がありましたが、今では一般的に受け入れられるようになってきました。アイドルオタク、なんていうのも今では普通に「推し活」ですよね。好きなものを好きと言いやすい世の中、良いと思います。
私も学生のころや社会人になりたてのころ、当時は「推し活」という名称こそありませんでしたが、推しアーティストのライブに行ったり、推しキャラのグッズを買ったり、推し選手の出る試合を見たり、充実した推し活生活を送っていました。
しかし仕事が忙しくなり、子どもも生まれ、いつしか推しを追いかける時間も体力もなくなり、そうこうしているうちに推しは一人また一人と引退し…推し活という言葉が普及し始めたころには、当時のような心を燃やせるほどの推しがいなくなってしまっていたのです。推し活には体力も時間もお金も必要です。
しかしもちろん、新たな出会いもあります。推し戦隊、推しライダー、推しウルトラマン、推しトミカ、推しカブトムシ。子どもと一緒に楽しめるのもポイントは高いです。
でももしかしたらもう心を浮き立たせてくれるような推しには出会えないのかもしれない、それが大人になるということなのか、と受け入れ始めたとき、ふと気が付きました。自分の子ども以上に推せる存在、いないのでは?と。
子育ては広く捉えれば推し事、子どもの活躍を応援するのは推し活です。学校行事で買わされる高額な写真も推しグッズへのお布施です。写真、ありがたいけど高くないですか?
なお、昭和の人間なので「叱らない育児」とは無縁です。躾は親の仕事。推しだからとか浮ついたことは言わずそこは厳しく丁寧にやっているつもりです。一方で口を出す必要のない野球については、まさに推し活という感じで楽しめます。推しの推しもまた推せるので仲良しチームは推し放題です。推しが楽しそうにやっていればそれだけで幸せです。
推しのいる生活、毎日楽しんでいます。